名古屋高等裁判所 昭和57年(う)18号 判決 1982年6月28日
主文
原判決を破棄する。
被告人を罰金二万円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金二〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
理由
本件控訴の趣意は、名古屋高等検察庁検察官検事中川秀提出の控訴趣意書に、これに対する答弁は、弁護人長縄薫名義の答弁書に、それぞれ記載されているとおりであるから、ここにこれらを引用する。
検察官の控訴趣意は要するに、原判決は、本件公訴事実について、その構成要件該当性を肯認しながら、被告人の所為は反社会性がなく、火薬類取締法の目的とする火薬類による災害の防止、公共の安全確保の面も満たされており、被告人が同法違反になると考えなかった合理的な理由も認められるから実質的違法性を欠き罪とならないとの理由で被告人に対して無罪の言渡しをしたが、原判決の右認定・判断は違法性阻却に関する法令の解釈適用を誤っているばかりでなく、違法性の有無を判断するうえの前提事実を誤認したものであって、その各違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決は破棄を免れない、というのである。
そして記録によると、本件起訴状記載の公訴事実は、「被告人は、鈴鹿市《番地省略》において、西村銃砲火薬店を営み、同市《番地省略》に一号火薬庫(爆薬庫)及び二号火薬庫(火工品庫)を所有し、火薬類の販売保管等の業務に従事していたものであるが、火薬庫の所有者は、火薬庫ごとの出納した火薬類の種類及び数量並びに出納の年月日等を帳簿に記載しなければならないのに、別紙一覧表(但し、原判決書末尾添付の別紙一覧表と同じ。)記載のとおり、昭和五五年七月五日ころから同年九月八日ころまでの間、前後二〇回にわたり一号火薬庫に爆薬合計二、五四一キログラム及び二号火薬庫に電気雷管合計二、三四一個を鈴鹿市小岐須町九九六番地株式会社青木建設小岐須作業所から保管のため収納し、消費のために出庫したのに、これを右火薬庫備えつけの帳簿に記載しなかったものである。」(罪名、火薬類取締法違反、罰条、同法第六一条第二号、第四一条第一項、同法施行規則第三条第一項)というのであり、原判決の右の公訴事実について、検察官の控訴趣意書摘録のような理由で、被告人に対し、無罪の言渡しをしていることが原判決書により明らかである。
ところで、検察官は、原判決が前記公訴事実について、その構成要件該当性を肯認しながら、被告人の本件所為は実質的違法性を欠き罪とならないとしたのは、違法性阻却に関する法令の解釈適用を誤ったものであり、また、原判決は違法性の有無を判断するうえの前提事実を誤認している旨主張するので、該各主張に対する判断を示すに先だち、まず、被告人が前記公訴事実記載の株式会社青木建設小岐須作業所(以下、単に青木建設と略称する。)から火薬類の保管を委託され、該火薬類を被告人方の火薬庫に収納して貯蔵し、また出庫するに至った経緯及び被告人が右火薬類の出納を火薬庫備え付けの帳簿に記載しなかった理由等について順次検討するに、記録及び押収中の各証拠物並びに当審における事実取調べの結果に徴すれば、次のような各事実が認められる。すなわち、
(一) 被告人は昭和三四年六月二八日付で三重県知事から銃砲火薬類の販売許可を受け、爾来昭和五六年七月ころまでは三重県鈴鹿市《番地省略》において、また同年八月一日以降は肩書住居地においていずれも西村銃砲火薬店の名称で銃砲火薬類の販売業を営み、該営業のため、前同市《番地省略》に地上式一級火薬庫二棟(うち、一棟を一号庫と称し、火薬及び爆薬の貯蔵に、他の一棟を二号庫と称し、電気雷管等の火工品の貯蔵にそれぞれ使用している。)と地上式実包火薬庫一棟を所有するほか、三重県亀山市《番地省略》にも地上式一級火薬庫一棟を所有しているが、その間、所轄警察署や監督官庁の行政指導を受け、火薬類の販売業者や火薬庫の所有者等は帳簿を備え付けて、これに火薬庫ごとの出納した火薬類の種類及び数量並びに出納の年月日及び相手方の住所氏名等を記載しておかなければならないことを熟知していたこと
(二) 被告人は昭和五四年春ころ火薬類取扱業者の大手商社である大阪市北区中之島所在の株式会社三田商店大阪支社の社員斉藤邦昭や当時鈴鹿市小岐須町地内で三重用水南部導水道工事を請負い施行していた青木建設の社員藤原岩雄らから右青木建設が工事作業現場で使用する火薬類を被告人方の火薬庫で一時貯蔵して保管してもらいたい旨懇請され、被告人と青木建設との間で、青木建設が日曜日その他の休日に作業を休み、従業員が作業現場を留守にするような場合にのみ、該工事現場で使用した残火薬類を一日ないし数日間被告人方へ運び、被告人方の火薬庫に貯蔵して預かることとし、その保管庫出料として、爆薬は二二・五キログラム入り一箱につき三〇〇〇円、但し、被告人方で火薬庫から工事作業現場まで運搬した場合にはその手数料等を含め四〇〇〇円、電気雷管は一個につき三円とし、右保管庫出料等は被告人方において毎月二〇日締切りで前記三田商店宛に直接請求し、同商店から被告人宛に銀行振込みの方法で支払を受ける旨約束し、前記残火薬類の貯蔵保管及び運搬等を引き受けたこと
(三) 被告人方において昭和五五年七月五日ころから同年九月八日ころまでの間に青木建設から爆薬及び電気雷管等を預かり、これらを被告人方の火薬庫に貯蔵して保管した日時・場所・数量等は前記起訴状末尾添付の別紙一覧表記載のとおりであるが、該各貯蔵保管期間はそれぞれ一日ないし数日の短期間であり、しかも、青木建設の従業員が残火薬類を被告人方へ運搬して来た時には、その都度青木建設作成の火薬類消費日報(返納伝票)二枚を持参し、うち一牧を残火薬類とともに被告人方へ置いて帰り、被告人方でこれを保管しており、また青木建設の従業員が被告人方からさきに被告人方へ預けていった残火薬類を持ち帰る際には、その都度被告人方で作成した納品書と受領書の各写しの摘要欄等に青木建設の従業員にその氏名を署名させるなどしてこれらをも被告人方で保存しており、他方、青木建設の従業員はさきに被告人方へ預けていった残火薬類全部をその都度そっくりそのまま持ち帰っていたため、被告人は青木建設から貯蔵保管を委託された火薬類については帳簿記載の手間を省くために火薬庫備え付けの帳簿にその収納、出庫の状況を記載しなかったものであること
(四) 被告人方で前叙のとおり保管保存していた前記青木建設作成の火薬類消費日報(返納伝票)の写しを一括してファイルに綴り込んだ預り台帳一冊や、前記受領書の写しを綴り合わせたもの二冊はいずれもその各書類綴りの形式・記載内容等に徴して、火薬類取締法四一条一項にいう帳簿に該当しないことは一見してまことに明らかであること
(五) 火薬類取締法四一条一項及び同法施行規則三三条一項の各立法趣旨はいずれも検察官所論のとおり、火薬類による災害の防止と公共の安全の目的のために監督官庁をして立入検査をさせる際に火薬庫ごとに備え付けられた帳簿を点検することによって、違法な取扱いの有無などを容易に発見させ、行政指導等によって火薬類の販売業者や火薬庫の所有者等に危険防止の措置を講じさせると同時に同人らに厳密な帳簿記載の義務を課することによって、危険物取扱者としての自覚を深め、火薬類による事故の発生を未然に防止させることなどにあると思料されること
(六) 猟銃用火薬類の保管委託の取扱いに関しても関係監督官庁は保管委託にかかる猟銃用火薬類の出納について、保管委託書の授受のみで足りる趣旨の行政指導は行っていないこと
(七) 原判決書末尾添付の別紙一覧表記載のような爆薬及び電気雷管等による災害は猟銃用火薬類によるそれと比較して、その規模が遙かに大きく、危険性もきわめて高いことなどにかんがみると、猟銃用火薬類の保管委託について、かりに若干緩やかな取扱いが従来なされていたからといって、本件のように多量な爆薬や電気雷管等の貯蔵保管について猟銃用火薬類の保管委託と同様な取扱いがなされてよい道理はなく、被告人や一部の業者がこれまで猟銃用火薬類の保管委託について、火薬類取締法四一条一項及び同法施行規則三三条一項所定の帳簿の記載をしていなかったことをもって、被告人の本件行為を合法化する理由とはならないこと
などが認められる。そして、記録を精査検討し、当審における事実取調べの結果に徴しても、前記公訴事実について社会通念上許容するのを相当とするような特段の事情はいまだこれを認めることができない。
以上認定の各事実関係に徴すれば、前掲の公訴事実記載の被告人の各所為が火薬類取締法四一条一項及び同法施行規則三三条一項に違反していることはまことに明らかであり、しかも該違反の態様も違反期間が約二か月の長期にわたっており、違反回数も二〇回の多数回であり、所定の帳簿に記載しなかった物件もきわめて危険性の高い爆薬及び電気雷管等であって、その数量も爆薬総計約二五四一キログラム、電気雷管総計約二三四一個の多量にのぼり、これが軽微な事案であるとはとうてい認められないことなどに徴して、前記公訴事実が実質的違法性を欠くものでないこともまた明らかである。そうすると、右公訴事実について、これが実質的違法性を欠き罪とならないとして、被告人に対し無罪の言渡しをした原判決は結局検察官所論のとおり違法性の有無を判断するうえの前提事実を誤認し、ひいて法令の解釈適用を誤ったものであるといわなければならず、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、検察官の右論旨は理由があり、原判決は右の点で破棄を免れない。
よって、本件控訴は爾余の点について判断をなすまでもなく、理由があるから、刑事訴訟法三九七条一項、三八二条、三八〇条に則り、原判決を破棄するが、本件は、原裁判所及び当裁判所で取り調べた証拠により当裁判所において直ちに判決することができるものと認められるから、同法四〇〇条但書により、当裁判所において更に判決する。
(罪となるべき事実)
記録に編綴されている起訴状記載の公訴事実(但し、別紙一覧表を含む。なお、同市道伯町北新田とあるのは、同市道伯町北新田場の誤記と認め、その旨訂正する。)と同一につき、ここにこれを引用する。
(証拠の標目)《省略》
(法令の適用)
被告人の判示各所為は、いずれも火薬類取締法六一条二号、四一条一項、火薬類取締法施行規則三三条一項に該当するところ、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四八条二項により各罪所定の罰金の合算額の範囲内で被告人を罰金二万円に処し、右の罰金を完納することができないときは、同法一八条により金二〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 藤本忠雄 裁判官 伊澤行夫 土川孝二)